師弟同行 剣道指導者の謙虚さ

安岡正篤師は昭和20年8月15日、昭和天皇によるいわゆる「玉音放送」で発せられた「終戦の詔勅」の草案作成にもかかわり、また「平成」の元号の考案者でもありました。まさに日本の歴史をつくられた大碩学でありました。 先生は学校のような形式的なものではなくて、生活を一緒にしてその中から人間形成をしていく、いわゆる師弟同行の教育を一つの理想としていました。 それで一年ぐらいは先生も寝食を共にされて、先生の意に沿うような師弟同行の教育をされたわけです。 そこで、師弟同行について私見をまとめます。 私は剣道経験50年で今はスポーツ少年団(剣道)の指導を行っています。剣道は他のスポーツと比べると具体的な指導マニュアルや科学的データなどが完備されていません。無論、剣道指導法や解説書などはありますが、何れも基本に関するもので実践的ではありません。 それは、個々人によって正解がいくつもあるからではないでしょうか? 全日本剣道選手権 令和元年優勝の国友錬太朗選手、平成29,30年の西村英久選手と同じ稽古方法を取り入れても彼らの様にはなりません。 剣道には正解と完成(終わり)が無いからではないでしょうか? 基本のみ絶対的なもので、最後は各々が答えを出すものと思うからです。 そこで、いつも心がけているのは、いわゆる「先生」として振る舞うのではなく、一緒に剣道を勉強し極めて行こうね! という意識で、自分も日々研鑽して、理解・体得したことを分かりやすく少年少女剣士に伝えていくことにしています。更には吉田松陰先…

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走者と伴走との関係

前回は伴奏について、記載しました。伴奏とはメロディーを引き立てるための脇役で、舞台やドラマでも主役と脇役があります。多くの方が主役を望ま出るのでしょうが、主役ばかりでは成立しません。主役・脇役がそれぞれの役割を果たすことで舞台やドラマが成立するのです。一方で伴走についてですが、辞書では次のように記載されています。 マラソンや自転車のロードレースなどで、競技者のそばについて走ること。「自動車でランナーに伴走する」 リオパラリンピック 視覚障がい者女子マラソン 日本代表・道下美里さんを取り上げます。 中学生の時に右目の視力を、調理師として働いていた24歳の時に左目の視力を失った道下美里さん。盲学校で陸上競技をはじめ、中距離からマラソンへ転向し、2014年に当時の女子世界記録を樹立しました。その後も数々の栄冠に輝き、いよいよリオへ…。走り始めたきっかけは?目が見えなくなると外出がおっくうで太ってしまい、ダイエットのために走りはじめました。本気で競技に向き合ったのは27歳の時です。中距離(800m)で50代の女性に1分もの差をつけられ負けたのが悔しくて。猛練習して、ジャパンパラリンピックで優勝し、世界一を目指しました。 でも、それからタイムが伸びなかったんです。目標を見失い、一時期は走ること自体をやめてしまいました。 復帰しマラソンに転向したのは 「長距離が向いているかも」と当時のコーチから言われた頃、地元(山口県下関市)でマラソン大会が開催されることを知りました。出場したら沿道の声援が温かくても…

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